故郷の香川を離れ、神戸のセレクトショップで働く橘風花(たちばな ふうか)のひとり暮らしのアパートに、ある日1通の招待状が届いた。
「望月沙奈 写真展開催のご案内」
幼馴染の沙奈とはいつも一緒だった。
学校でも習い事でも遊びでも…
引っ込み思案な風花とは違い、何でも笑顔で活発にこなす沙奈だったが、不思議とウマが合った。
お互いこの友情が一生続くと信じて疑わなかったし、実際、将来は一緒にオシャレなカフェをやりたいね…なんて、半分本気、半分冗談で語り合ったりもした。
そう、中学3年生のあの冬の日までは・・・
—————– 10年前の冬 ———————-
香川の中学校に通っていた2人はいつも一緒。
近所を走り回ったり、街でプリクラをしたり、夏には花火をしたり…
写真を撮るのが好きな自称カメラ女子の沙奈は、時折父親の大きなカメラを持ち出しては風花をモデルにして、四季の風景と共に写真を撮ったりもした。
そして、その年頃の女子には標準装備の恋の話も。
不幸にも、風花がずっと密かに恋心を抱いていた康平の事が好きだと沙奈に打ち明けられたのが中学3年生の春。一瞬、恋のライバルが現れた事にムッとなったが、そこは辛うじて友情が勝り、お互い抜け駆けはしないと誓い合った。
そんなこんなで、春から夏、そして秋から冬へ季節はあっという間に過ぎ去っていった。
もちろん、2人の康平に対する恋心が冷めてしまうわけでもなく、むしろ共通のアイドルのような存在で、陰であれこれ噂しては2人で盛り上がっていた。
それは、中学3年生のクリスマス・イヴの事だった。
田舎の中学生に、彼氏と2人きりでイヴを過ごすなんて事はまだまだ恐れ多い事だった。
大抵は友達と過ごすか、家族水入らずで過ごすのが当たり前。風花もその日のホームパーティーの買い出しに出かけていた。
商店街でふと沙奈を見かけて声をかけようとしたその時、傍らに康平がいるのを見て取り、なんとなく胸騒ぎを覚えて2人の後をつけていく事に…
楽しく話しながら歩く沙奈と康平。そして2人はふいに公園に入っていく。
ベンチに腰掛けて談笑する2人だが、ある時、康平が突然沙奈に体を寄せ、そして抱き合った。
・・・ように見えた。
風花には状況を確かめる勇気もなく、慌ててその場から逃げ出してしまった。
走りながら涙があふれてきた…
なんで? もしかして裏切られた??
どうしても沙奈を許すことができなくて、でも元々が内気な風花には、直接本人を問い詰める事もなく、ただただ沙奈を避ける事しかできないでいた。
当然沙奈は、急に態度が冷たくなった風花に戸惑い、何度か話をしようといった誘いもあったが、風花はそれらをすべて無視し、そうこうするうちに受験も終わり中学校も卒業。あえて風花が避けた形で高校も別々の学校へ進学した。
——————- 現在 ———————–
今となっては若さゆえと笑って済ませる些細な事かもしれないし、2人がその後付き合っているなら素直に祝福してあげられるだけの大人にもなった。
ただ、だからと言って、今さらどんな顔して沙奈の個展に行けばいいのか? 10年の歳月は、苦い思い出を青春の一ページに飾れるだけの成長もあったが、同時に心の奥に小さなかさぶたとなって沈着してしまった。
そんなわけでつい先送りし続ける日々が続いたある日。
職場であるセレクトショップでいつものように商品の整理をしていると、ふと懐かしい声に呼びかけられた。
康平「あれ? もしかして風花??」
一瞬、きょとんとする。 「あっ・・・久しぶり」
様子を見ていた店長が変に気を効かせて「あれ?知り合い? ちょっと早いけど休憩してもいいわよ」
「でも…」
「いいからいいから。うまくやりなさいよ♡」
絶対、何か勘違いしている…
成り行き上、仕方なく康平と街を歩くことになった。
なんとなく中学の頃の思い出話になる。
康平「そう言えば沙奈の写真展? 個展があるみたいだけど、当然顔出すよな?」
「それが・・・ 行くのやめておこうかなと思ってて…」
康平「なんで? あんなに仲良かったやん」
「てゆうか、まだ2人とも付き合ってるの?」
まったく聞く気もなかったのに、つい話の流れで聞いてしまった。
康平「はっ? 誰と誰の事だよ? オレと沙奈?? はぁ?!」
えっ、もしかして何もなかったの?
康平「そりゃ、近所だからばったり会って一緒に歩いたりした事もあったけど、断じて付き合ってないし、そんな気もなかった!」
でも、抱き合ってたじゃん!!
康平「いやいや、そんなはずはない。何かゴミを払ってあげてたとか、そんなんじゃね?」
そっ、そうなんだ・・・
ええーーーーーーーーっ!!
康平「行ってやれよ。沙奈はきっとお前の事をずっと親友だと思っているはず」
「いや、さすがにそれはないと思う。疎遠になってもう10年だし…」
康平「ああ、もしかして個展のリーフレット見てないよね? 確かカバンの中に… あったあった! ほら、見てみ?」
康平がカバンから取り出したリーフレットを見て一瞬かたまってしまった…
そこに映っていたのは・・・
あの頃、一番楽しかった時の風花の飛び切りの笑顔を撮った写真だったのだ。
——– 紗奈の写真展当日 ———-
沙奈の初の写真展(個展)が開催されたその初日。
多くの来場者が訪れる画廊には、懐かしい郷里の方言が行きかっていた。
自称カメラ女子だった沙奈は、あれから専門的な勉強をし、有名な写真家の弟子になって努力を重ね、これまで何度かコンテストにも入選しているという事をその後実家の母親から聞かされた。
そんな写真界の若手有望株ならリーフレットに載せる写真なんていくらでもあるだろうに、よりによって中学生の頃撮った親友の笑顔を選んだことは、実は地元でも少なからず話題になっていたそうだ。
あの日、康平に見せられたリーフレットを見て沙奈の思いを感じ取った風花だったが、いざ個展の会場に足を踏み入れてみると、急に何とも言えない不安に襲われてしまった。
やっぱり、このまま帰ろうかな…
そう思いなおし、踵を返そうとしたその時… 来賓に挨拶する沙奈の姿が目に映る。
あれ・・・ なんで私泣いているんだろう・・・
まったく自分でも自覚がないまま、その場に立ちすくみ、みっともない位涙があふれてくる・・・
いや、待って、なんで・・・
自分を見つめながら涙を流す女性に気付いた沙奈が、はっと明るい表情をしたと思ったら、あの頃と同じ、はつらつとした笑顔で走り寄って来る。
やばい… どんどん涙が溢れて来る…
だめだめ、それ以上走って来ないで…
ああ…
「やっと会えた!わたしの一番の元気の素」
抱き合う二人・・・
——- Fin ————–