【瀬戸大橋30年】懐かしの開通前当時の国鉄時刻表を見てみよう。

ひまつぶしにガーカガワ

瀬戸大橋開通30周年、開通以前はどんな感じだったのでしょう。たまたま30年以上前の国鉄時刻表を入手できましたので、その当時を振り返り、瀬戸大橋の有難みを噛みしめてみました。

 

こんにちは。
まったく恩恵にはあずかっていませんが、いちおうバブル世代のガーハラダです。

 

さて、本誌ガーカガワでも何度か取り上げましたが、今年で瀬戸大橋開通30周年となりました。
もうすっかり当たり前の存在になってますが、瀬戸大橋が開通する前後ではいろいろな面で様変わりしているのはご存知の通りです。

中でも瀬戸大橋線の開業で、JR線ほど劇的に変わったものも少ないのではないでしょうか。
ついでに言うと、僕らの世代から上の人にとって、宇高連絡船や急行列車などは特に懐かしい存在だと思います。

と、
そんな事をぼやーっと考えていると・・・

 

 

1986年11月の国鉄時刻表!

 

当然、キャッチフレーズは・・・

 

 

エキゾチ~~ック♬ 

 

ジャパーーン!!

 

という事で、瀬戸大橋開通前のJR(当時は国鉄)は今とどう違っていたのか、おじさんおばさんはノスタルジーを感じていただいて、若い人たちは「へぇ~」と加齢臭の魅力を感じていただけたらと思います。

 

 

1986年ってどんな年?

 

この時刻表が発行された1986年ってどんな年だったのでしょう。
いきなり時刻表でタイムスリップする前に、準備体操としてその時代を少し思い出してみましょう。

 

まずは、その当時の高松駅。

 

 

ちなみに僕は1986年と言えば高校3年生でした。
当時は高松市には住んでいなかったのですが、何度か高松には来たことがあり、うる覚えですが、こんな感じだったかなぁ~という印象です。

巷では、おニャン子クラブが世を席巻し、テレビではあぶない刑事や男女7人夏物語。
僕みたいな変な子は「あいつプッツンしてる」と言われ、お父さん達は「24時間働けますか~♬」とリゲイン飲んで遅くまで残業したものです。
今、カメラ女子の間で再ブームになっている「写るんです」が発売されたのもこの年だったかな。

以上、分かる人には分かるこの時代背景。
ここからは、カルロス・トシキとともに「君は1000%~♬」と口ずさみながら読み進めて行きましょう(笑)

 

 

バラエティーに富んでいた国鉄時代

 

では、ぼちぼち1986年11月号の国鉄時刻表を紐解いていきましょう。

まずは、香川県の国鉄路線はこんな感じでした。

 

 

字が細かすぎて分かり辛いと思いますが、当然の事ながら瀬戸大橋線はありません。
その代わり、ぶっとい点線で自己主張しているのが宇高航路です。

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あと、高徳線(当時は高徳本線)を見ると、めちゃくちゃあっさりしているのが分かります。
現在ある昭和町、栗林公園北口、木太町、古高松南、讃岐牟礼、オレンジタウンの各駅はこの30数年の間に新設された事がうかがえます。

そして、その宇高航路ですが・・・

ここで問題です。

さて、この1986年当時、宇高航路の運賃はいくらだったでしょうか?

 

この問題があっさり分かる人は余程の鉄道オタクか、リアルにバックトゥーザフューチャーしたマイケル・J・フォックスだけでしょう。

その答えは・・・

 

 

500円。

めっちゃ早いホーバーに乗る時は、さらに急行料金が1,000円必要でした。
ちなみに瀬戸大橋をJRで渡る場合は、2018年現在宇多津~児島間が470円(普通列車)です。

また、今は高松まで運行している東京発の寝台特急サンライズ瀬戸ですが、当然瀬戸大橋がまだ無いので、岡山側の終着駅宇野までとなっています。

 

 

サンライズは付かずただの瀬戸。当時は客車でした。

 

そして、メイン路線である予讃線と土讃線ですが、当たり前ですが岡山まで行く「しおかぜ」と「南風」の特急列車は高松発です。

 

 

「しおかぜ」は当時L特急のマークが付いています。
L特急というものがどんなものだったかは失念したので、どなたか詳しい方がいらっしゃれば教えてください(笑)

当時の特急「しおかぜ」。電車ではなくディーゼルでした。

 

 

で、今ある「いしづち」と「しまんと」は当時はまだなく、その代わり予讃線には「いよ」「うわじま」、土讃線には「土佐」「あしずり」という急行列車がありましたよね。

 

 

特急より少し時間はかかるのですが、急行料金という特急料金より割安な設定で乗れましたし、指定席車輛はなんとグリーン車で使われた車両をそのまま流用していたので、実はめっちゃお得な列車だったのです。

それと、今では考えられないのですが、高松を深夜出発して、早朝に宇和島に到着する「うわじま1号」なる鉄道マニア垂涎の列車が走っていました。

 

 

もし今もなお残っていたら一度は乗ってみたいと思います。
いや、やっぱ乗らないか・・・ 寝不足のあまり、マリーリーン♬ って踊ってしまいそうです。

 

そして、高徳線ですが・・・

なんと! 特急が走っていませんでした。

 

 

「阿波」と「むろと」という急行だけ。
のちに特急「うずしお」に格上げされて急行は廃止となりました。

 

と、香川県内の国鉄当時の様子はこんな感じに結構バラエティー豊かだったんですね。

 

余談ですが・・・

この当時は鉄道マニアが心の底から懐かしむ寝台特急のオールスターズがまだ健在でした。

 

 

実は、僕、「みずほ」と「はやぶさ」には乗った事があるんです。いいでしょう~(笑)

 

また、香川の人は宇高連絡船に乗って岡山から新幹線に乗り継ぐというパターンが多かったと思いますが、その当時は「のぞみ」はまだ無く、「ひかり」と「こだま」だけでした。

 

 

でもね、当時の新幹線ってめっちゃゴージャスで、食堂車やビュフェ、二階建て車両なんかもあったのです。

 

 

食堂車で食べたカレーライスが、まためっちゃ美味しかったんですよね。
多分レトルトみたいなカレーだと思うのですが、車窓を見ながらなので旅情スパイスが効いていたのでしょう。

 

ただ・・・

 

高松から宇高連絡船に乗って、宇野線、新幹線と乗り継いで新大阪まで約3時間。
今なら2時間弱で到着する事を考えると、やっぱり瀬戸大橋って有難いなぁ~と思うわけです。

瀬戸大橋に感謝!

 

以上、なんだか途中から鉄道マニアっぽく語ってしまいましたが、瀬戸大橋開通30周年という節目に、開業前の懐かしいあれこれを思い出してみるのもいいのではないでしょうか。

という事で、

 

CHA-CHA-CHA-CHA♬

 

 

投稿者:ガーハラダ
兵庫県出身四国帰化人。爆笑よりクスッ笑いに使命を感じるギリ40代。明太子は心の友。たまにガー子♡

 

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