皆さまこんにちは。県民ライターの九郎判官義博です。
今年も西長尾城に行ってきました。
もしかすると「そんな城あるん?」なんて言われるかも知れませんね。
我らが香川県には、三大海城の高松城や石垣の高さ日本一を誇る丸亀城だけではなく、全国よりファンを惹きつける中世の山城がまだまだあるのです。
前者は、石垣で出来た城といえますが、後者はズバリ「土の城」、香川県屈指の土の城といえるのが今回ご案内する西長尾城なのです。ちなみにこの「土の城」、狭い香川県内でもなんと400を数えるほど点在しています。
ハイキングコースとしても整備された、気軽に訪ねる事のできる中世の城跡
お城に関心のない方にも分かりやすく例えてみると、前者が格式の高い、お屋敷のうどん屋さんへ豪華な和膳を食べに行くのに対し、後者は山奥の製麺所を探しに行くようなものじゃないかと思っています。(例え話、もう少し何とかならんのか…)
石垣が象徴的な近世の城には軍事的な機能はもちろんのこと、重厚かつ華麗な天守の姿は権力の象徴として、更には政庁や屋敷の機能も備えていました。
それに対し、戦闘の為だけに、攻めて来る敵兵に対していかに優位に戦うのか、限られた時間と人員の中であらん限りの知恵の結集したものが中世の「土の城」であり、それが多くのファンを惹きつけてやまない理由ともいえます。
ところで西長尾城は、今年30周年を迎える我らがレオマリゾートの西隣、裏山にあると言ってもいいでしょう。
※西長尾城の城山を望む
この城は文献によると長尾大隈守元高が応安元年(1368年)に城主となり、その後、四国全域まで勢力を広げた土佐の長宗我部元親の四国制覇に伴い、長宗我部配下の国吉甚左衛門の居城となるなどの時期を経て、天正13年(1585年)の豊臣秀吉による四国征伐によって廃城となるまで200年以上もの間、長尾一族等により守られた城です。
高松市内より国道32号を走り、レオマリゾートを通過しそのまま西へ1、2分程度進むと森林公園と西長尾城跡の看板が目に入りますが、ここが無料の駐車スペースを備えた登山口となっており、とても便利です。
※西長尾城登山口と駐車場
中世の、いわゆる土の城の多くは山の上にあるため、本来は登山の装備が適していますが、ここ西長尾城の、今回ご案内するコースはハイキングコースとして整備されているので、服装は動きやすければ何でもいいと思います。
但し靴はスニーカーやトレッキングシューズなどの歩きやすいものが良いでしょう。飲料にタオルの他、ウエットティッシュなどがあると良いです。(お手洗いは設置されています)
随分と前置きが長くなってしまいましたが、早速登ってみましょう。
今回は幾つか登山コースがあるうちの、舗装されたとても歩きやすいコースを選択します。
歩き始めるとすぐに広場が現れますがそのまま真っすぐ桜並木をぬけるとしばらくは坂道との闘いです。
このルート、桜の時季はこんな感じです。
山の木々に癒され、また坂道にはいたぶられつつも、僕はこの香川の城歩きがどんな方にお薦めできるか考えてみました。
1. 歴史に興味のある方(非のうちどころがない)
2. 運動不足気味でダイエットをしたいと言う方(運動した以上に気が大きくるなるのでご注意)
3. 遠出して城を、観て周りたいが小遣いと時間のないという方(いまはコロナのせいにしている僕)
4. 家にいたくはないけど感染症が心配で出かけられないという方(いまだ3密になったことがない)
いかがでしょうか。賛同される方は是非どうそ!
※容赦の無い坂道
坂道と格闘すること数分、ご褒美とばかりにレオマワールドを一望できるスポットへ到達します。
※レオマリゾートを眺め一息
記念写真を撮るなど、ここで一息ついたらさらに先に進みましょう。
鈍った身体が坂道にも馴れてきたころに、案内板が見えてまいります。
この西長尾城の案内板です。
※案内板が見えるといよいよだ。
※図解された見取り図(提供 丸亀市教育委員会)
ここでは水分補給でもしながら、西長尾城とその遺構について予習して行きましょう。
この案内板のすぐ正面に脇道が見えるのですが、ここから頂上まではもう僅か。案内板に紹介された遺構の数々もこの道沿いにあります。
山道に馴れない方には心細く感じるかもしれませんが、なんてことはありません、ご安心ください。
歩き始めると早速、堀切と井戸跡に遭遇します。
※堀切と井戸
堀切は山の斜面に沿って設けた堀でその役割は、斜面の横移動を試みる敵兵の進行を妨げる為の防御設備といえます。
※尾根を断ち切る堀切
井戸跡は堀切に隣接した、頂上(城の本丸)から延びる二つの稜線の谷間にあたります。
言うまでもなく山城にとって井戸はとても重要な設備ですよね。谷間の地形を利用し、雨水を溜める程度のものだったのかもしれませんが、辺りは現在も水をたたえています。
※現在も水を湛える井戸郭
さらに進むと視界が開けてきますが、眼下には丸亀平野が広がり、登坂の疲れを忘れてしまいますが、この光景はもう少し後に譲ることにしましょう。
また同時に、この西長尾城を象徴する光景がお目見えします。
一種異様な光景に映るかもしれませんが、全国から訪れたファンの苦労が報われるのは、実はこの瞬間ではないでしょうか。
眼前の、山頂へ向かう斜面には郭(くるわ)と呼ばれる平地がまるで棚田のように連続している様が壮観とも言えます。
これは山頂(本丸)を攻略しようとする敵兵を迎え撃つための工夫として、駐屯する兵士が少しでも優位に戦うための設備で、「連郭式郭列」と案内されています。
でもご安心下さい。僕たちは整備された登山道を巡るため、郭を眺めながら、或いは足を踏み入れながら頂上を目指すことができます。
※偉容を誇る遺構
例えば登り始めたら道の右手(西方向)の郭を歩いてみて下さい。この郭の西端だけ高くなっていることにお気付きでしょうか。
これも敵の侵入を防ぐための土手状の設備で「土塁」と呼ばれます。また防御壁としての機能だけではなく高低差のある郭間の、上下の連絡通路としても機能していたのではないかとも考えられています。
ともあれこの郭の自体の持つ高低差は斜面を登る敵兵に、そして土塁は斜面西方向からの脅威に備えていたことが分かりますね。
※西からの脅威に備える土塁の隆起
この頂上へと続く小径を歩きながら、それぞれの郭に踏み入れ土塁をみつけてみて下さい。
また、小径の左手(東方向)の郭も同様に東端に土塁を見つけることが出来ます。
また、振り返り、郭達の描く特徴的なシルエットを眺めていると攻略不能(?)なゴルフコースのように映ることもあります。
※山頂近くの郭列
さあ、この連郭式郭列の間を貫く小径を登ること数分、この城山の頂上部分に到達します。
この頂上も同様に20m×30m程の郭であり西長尾城の本丸となっています。
ここからは北を展望すると丸亀平野、そして丸亀城も確認できます。そして西には金刀比羅宮(こんぴらさん)を眺めることが出来ます。
山頂は周囲360度を見渡すことができ、登山の達成感も得られるのではないでしょうか。
※山頂(本丸)からの丸亀平野
※西に金刀比羅宮を望む
オプショナルツアーとして
① ヤグラ
連郭式郭列などの遺構のある本丸(山頂)から東南に目を向けると、この本丸を東方から尾根伝いに攻める敵を警戒したものか尾根上の、削平地の東西両端にヤグラと呼ばれる遺構があります。
これまで登ってきた小径から、東に下るルートを進むことでヤグラへアプローチですることが出来ます。
やや急な下り坂ではありますが、要所にはロープを備えてありますので摑まりながら、焦らずに進みましょう。
すると目前に小高い丘が見えてくることでしょう。それが西端のヤグラで、やはり削平された郭が設けてあります。
現在は草木が繁茂し、その姿がわかりにくいので、草木の刈り込まれた冬場の姿もご覧下さい。
※ヤグラ(西)
※ヤグラ(西)周囲が刈り込まれた姿
そしてヤグラのすぐ東に堀切があります。
東に延びる削平地との連絡を断ち切るものですが、経年変化により山道にしか見えないかも知れませんね。
※ヤグラと削平地を断ち切る堀切
柵平地の西端にあるこのヤグラから、さらに100m程東へとすすむと、同様にヤグラと称する地点に到達します。西端にあるヤグラほどの規模はありませんが東方向への物見台の役割を担っていたもののようです。
この時季はその外観が分かりにくいため、冬季の姿をご紹介します。
※ヤグラ(東)冬季
※ヤグラ(東)
更にこのヤグラを降り、更に東にすすむと二本の連続した堀切があります。
※二重堀切。写真の内の樹木を中心にW型に堀切が設けてある。
② 北の郭(曲輪)
二重堀切より西のヤグラまでに戻りそこから北方面へ下る道を進むと、舗装された元の案内板の地点に辿り着きます。
北の郭は登山道と並行したルートに位置する為、帰り道に大きく遠回りをすることなく、右手の脇道から立ち寄ることができ北の郭を通過し元のルートに復帰することができます。
※北の郭への入口
※北の郭
ご覧いただきありがとうございました。いかがでしたか。
山中の、やぶにしか見えない写真と拙い文章から退屈をさせてしまったかもしれませんね。
僕らヒトの一生という尺度から考えると400年,500年前とは遙か昔のように思えます。
でもこうして、「土の城」を訪れて厳然と存在するこの遺構を眺めているうちに、西長尾城とその時代とは、さほど遠い昔の出来事では無いのだろうと感じるられるかも知れません。
今回ご案内した遺構の他にも石垣や虎口といった遺構が少しディープなゾーンにありますが、機会があればご紹介したいと思います。
ご参考までに西長尾城の縄張り図もご参照下さい。
※主郭の石垣
※縄張り図:調査・作図 近藤武司氏(提供 丸亀市教育委員会)
よろしければ次回もおつき合い下さい。